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芸術的トマソン

私には何もありません。

自殺を決めたあと、全てを捨てたら少し楽になったという話

思ったこと

色々なことが辛くなり、自殺を決めた。

以前、自殺を試みた際は本当に衝動的であり、身の回りの品を片付ける余裕など無かったが、今回は違う。

まだ少し気力があるうちに身の回りを片付けることにした。

まずは物を捨てた。数百冊の本を所持していたが、ほとんどはBOOK・OFFに持って行く。量が多すぎて数回に分けて持っていかねばならなかった。

残った本は最期まで持っていたい本。死ぬのだから「いつか読む」などという本は無い。読み返す予定がある本もほとんど無かった。

捨ててみると「なぜ自分はこんなにも大量の本を持っていたのだろう」という疑問が浮かんできた。積読本や二度と読まないであろう本を見ていると馬鹿馬鹿しくなってくる。

野球が好きなので本も必然的に野球の物ばかりだったが、そもそもこんなに大量の本を読んで野球の知識を身につけたところで何の役に立つのだろうか。虚無感と無駄な時間と金を使ったことへの後悔が押し寄せてきた。

ファッションには無頓着だったが、二度と着ないであろう服があまりにも多すぎることに気がつく。

明らかにサイズが合わない物や、いつ買ったのかわからない物まで。死ぬのだから服など、ほとんどいらない。こちらも大量に処分する運びとなった。

小物・文房具…etc

雑多な小物などを処分。ほかにも謎のコード類や死ぬまで聞く機会が無いであろうCDの数々も消え去った。

文房具だって生きていくとしても、一生涯では使い切れないほどの量がある。

いらない物だとわかっていたのに、溜まっていった物だ。それらも処分した。

数々の物を処分したが、あまりにも量が多く数回に渡って捨てなければいけなかった。本当に、まだ少し気力が残っている状態でなければ実行は難しいだろう。

人間関係

こちらの処分も本などと一緒に並行して行った。

SNSの類は全て消し、LINEも消去。年賀状などの手紙は捨て、名刺も処分。電話番号とメールアドレスも変更した。 

死んだとしても周囲の人がそれを知る手立てはない。

 

最後は己の肉体を処分する段階になったが、これの処分は失敗に終わった。

一番の粗大ゴミであるが故に捨てるのは難しかった。

全部を捨てたことで何を思ったか

物、人間関係、自分の体。

すべてを捨てたら、なんだか体が少し楽になった。8倍に増えた向精神薬のおかげかもしれないが、それだけではないように思う。

過去を捨てた

片付いた、物がほとんどない部屋を見て、すべてを捨てたことを実感した。

すると、今までのどうしようもない過去を捨てた感覚が湧いてきた。

野球なんて普通のファンレベルで楽しめばよかった。もっと本を読んだり勉強をしてくればよかった。この10年以上の年月は全て無駄だった。

「そうだ、今までの人生は間違いだった。でも、それを捨てることができた」

希望、夢、幸せを捨てた

何も持たない私は、死ぬ前に持っていた「幸せになりたい」といったような希望も捨てたことに気がついた。

人並みの幸せなんて手に入らないのは、もうとっくにわかっていたこと。皆がはないちもんめをやっているなかで一人オルガンの下にうずくまっていた幼稚園時代。女子生徒に馬鹿にされ恋人も結婚も無理だと気がついた中学生時代。

「もう自分には何も無い。希望だって無い。叶わぬ夢や幸せになりたいという思いも無い。届かぬ夢を見て傷つかなくていい」

欲が消えた

物欲や希望を捨てたら欲も捨てられた。体を壊して以来、酒、カフェインは摂取できなかったが、さらにタバコ、砂糖、肉を絶つことができた。

肉に関しては、自分のようないつ死ぬともわからない人間が肉を食べることに抵抗があったために絶った。

「欲など無くても自分は生きていける。自分を律することができる」

わずらわしさが消えた

面倒な人間関係を捨てたことで、心の負担が減った。自分は人に気を使いすぎていたことを実感する。そもそも、自分などを意識していた人などそうそういない。わかっていたはずだが、改めて思うと楽になった。

「人間関係を捨てても案外、誰も気にしなかったりするものだ」

今を生きるということ

持っていた物を捨てることで過去を捨て、希望を捨てることで未来を捨てたと書いた。

持っているのは「今」だけだ。過去を悔やんでも仕方が無く、未来を案じてもどうしようもない。

今を生きるしかないのだ。

過去は変えられないし、暗い未来を想像しても仕方が無い。自分自身を捨てることに失敗したのであれば、それしか選択肢は無いではないか。

何を思ったところで、自分は才能が無く、努力もしていないダメな人間であることに変わりはない。

開き直りだと思うが、捨ててしまいたい自分を捨てられなかったのであれば、持っている他に選択肢はない。

 

この考えに行き当たった後に連絡をくれた友人曰く、これらの考えは禅や岡本太郎の考えに近いのだという。試しに本を読んだら、確かに近いことが書いてあった。

限りなくシンプルに、豊かに暮らす

限りなくシンプルに、豊かに暮らす

 
自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間

自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間"を捨てられるか (青春文庫)

 

最近は小説や詩を読んだり、散歩をしたり、何もない時間を過ごしている。

あくまでも「少し」楽になっただけではあるが、風が涼しかったり、本を読む気力があることが嬉しかったりする。

全部を捨てたけど、また物がたまったり、欲が出てきたりするかもしれない。案の定、今こうして自己顕示欲が湧き出ている。

どこまでこうしていられるのだろう。ずっと続けばいいな。